2012年4月2日月曜日

ATAMI













地元のいつものメンバーで熱海へ行ってきました。

春の花火大会は初めてで、まだ肌寒いのに観光客の為に打ち上げられる花火は、なんだかすこし滑稽。でも海上の花火はすごく見事で、間近過ぎて、まぶしくて目も開けられない程。宿のバイトのお兄さんが可愛かった。21歳。自分だってまだまだわかいのに、「わかーい」とか思わず口から出ちゃって、自分が恥ずかしいなとおもった。

夜コンビニの前で煙草を吸ってると地元のやんちゃティーン達がたむろっていて、絡まれる。構ってあげると、バク転を見せてくれた。
次の日の早朝、寝ている2人を残して3人だけで日の出を見に行くと、みかんが浜辺にたくさん落ちていてた。昨日のティーン達が、民家の庭になっていたみかんをもいできて、海に投げて遊んでいる光景が目に浮かんで笑った。エイプリルフールの朝日は嘘みたいに奇麗だった。新年 度 の初日の出。




私にはエーベックスのライブのこととか、丸井に入ってるブランドのこととか、今やってるドラマで誰が格好いいとか、ホワイトデーは倍以上で返してもらわないと、とか、僕らがいた。の最終回の話しとか、デキ婚して仕事やめたい、とかは全然わからない。

だから私も、将来に関して踏ん切りがつかないこととか、職場のクリエーションのこととか、自分の制作がうまくいってないこととか、最近見た美しい映画の話とか、私が花が好きなこととか、そういう話しはほとんどしない。

昔は違和感なく共感していたのかはよく思い出せないけど、この8年の間、それぞれが立っている場所の距離がだんだんと開いていくことによって、私達の関係も実はかなり変わってきていたのだなと自覚した。あまり気がつかなかったけど。

結婚して子供が生まれたら、子供同士で遊ばせたりすることを楽しみにしているし、子供の勉強は私が教えることになっている。親同士も知っているし、趣味があう友人、というよりも、仲の良い兄弟や従兄弟、に近い関係なのかもしれない。それぞれ大宮を離れたら、結婚しちゃったら、この関係がどうなるかわからない。全員にそういう気持ちがあって、「もしかしたら5人揃ってなんて、最後かもね。」と、旅行をきめたのだった。


中学3年生、受験も終わってのんびりしたある日に学校帰りに近くのファミレスで。5人で何時間も喋ったことがあった。
よくわかんないけど、その日ファミレスに行かなかったら、卒業してそこが溜り場にならなかったら、
彼女達との関係は続いていなかったなと、たまに考える。

あの日たまたま、皆なんとなくまだ誰かといたくて、しかもヒマで、私が「ココスここっす。」とか呟いてみて総バッシングされて、なんとなく入店したファミレスでの、だらだらとした時間。もうすぐ高校がはじまって、受験も終わったからひとまず何も考えなくていい、ひたすら守られた15歳の時間。川崎がよく「あのとき、よかったなー」なんて話すけど、私達が楽しみにしている未来すら繋いでいるのは、まさにあの3月だ。まぎれもなく。

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