2010年11月3日水曜日

ひととわかり合うことについて

近頃はよく泣きます。

電車だろうと友達がいようと、母親がいようと。さすがにまだ父親と兄貴のまえじゃ泣けん。

涙するなんて、今までの人生で本当に数えるほどしか無かったのに、最近ものすごい泣き虫だから、
きっともうたいして貴重じゃなくなった。そう、そうだよ、今気づいたけど、貴重じゃなくなるのが嫌で、ほんとのほんとはとっておきたいからいつも無意識のうちに我慢したり冷静になろうとおもったりしてたな。それもすげー子どもの頃から!なんて無意味!なんつー頑なプライド!!素直に感動したりすりゃいいじゃんね〜

しかしまあ、さっきテレビで見た吹奏楽の旅なんて鼻水たらして見入っちゃって、昔の仲間がみたらびっくりするだろうなあ。とか思いながらもなかなか感情のコントロールがうまくできません。自分のコンクールで泣かなかったのに、他人のコンクールで大泣きしてるってばかか笑

あーこれは、トシか!これが昔、ようくんの言ってた、「おれ最近涙もろくてさあ〜年だよな〜」か!

そうかー たしかになー 怖いもんも増えたし、何が哀しいかも知って、自信も無くなったし。大人になったよ。



泣くよりも哀しくて、貴重な体験をした。

口だけは達者なことで有名な私は、先日1時間以上に及びだんまりを決め込んだ。なにも言葉が見つからなかったからだ。
どんな言葉も相手に届かないことが解りきっていたし、とにかく何も言葉が浮かばないのと同時に、私は少しだけ呆れていた。
多分呆れていなかったら、無理にでも繕おうとか、慰めようとか、色々と案をひねり出しただろう。でも私は黙っていた。
相手の話を聞いているうちに、私が責められているのに、そして私も自分の非をその通りだと認めているのに、とにかく深刻度の尺度が急速に深くなっている相手とそうじゃない自分とのギャップに気づき、何も言えない。心の中でつぶやく、「そんなこといわれても」と。

そしてこれと全く同じ状況になったことがあることに気づく。恋愛の最後の場面だ。
そのときも私は泣いてやるもんかと歯を食いしばっていた。私はこれだけ努力してきたのに、とか我慢してきたのに、とか其れに対してあなたは、とか、ここまでストレートじゃなくても、そんなような事を言っていたと思う。このとき一番いちばんいけなかったのは、私は私の事をどこかでかわいそうだとおもっていたことと、相手にそれを悟られた事だ。もうこうなったらおわりだ。戻れない。完全に私の負けだ。

だんまりを決め込む彼に

『「そんなこといわれても」っておもってるんでしょ。』  というと

『なんでわかったの?』 と目を丸くした。そういう素直なところも愛しく思っていた。





立場が逆転した。いま、私は彼で、相手は昔のかわいそうな私だ。
それに気づいてしまってからは、絶望的なほどの悲壮感に支配されてますます言葉を失った。私はこの結末を知っている。



そうか、あのとき君はこう思っていたのか。
何にも言わなかったのは、言葉もでないほどに呆れたのと、君がやさしかったからか。そうか。



結局、事態は別の局面であっさりと片付けられた。私たちじゃもうどうしようもできない大きな波によって。もちろん涙と共に。


今回によって、また怖いもの、そして哀しい事をたくさん知ってしまったようにおもう。
でも私たちが大人になる事はきっと止められないから、それらを大切に想いながら生きていくことを人生だとおもって、結局普通に生きていくしかないのだろう。

心の底から。すべての人に、おつかれさまを。

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